教育改革のための「教育開発センター」を目指して

日本はアジアの極東に位置し、四方を海に囲まれ、しかも東は太平洋という大海であるため、独自の文化文明を作り上げることができた。しかし、世界にそれを発信することをせず、しかも世界の流れを取り入れるのはいつも最後の国であった。  

 これまでに日本は幾度か海外から教育について学んできた。その学ぶきっかけは、いつも世界に遅れを感じて追いつくことが主眼であった。とくに明治時代と第二次世界大戦後においては、即効性のある専門教育が中心になり、人間にとって本来の教育である個人の知的・人格的発展を目指すべき教育がおろそかになった。  

専門教育に主眼がおかれると、その内容は職業的・技術的教育に傾注してしまう。大学は本来、若い人の個性が自由に成長していくのを助ける教育の場でなければならない。つまり個人の知的・人格的発展を目指す本来のリベラル・アーツ教育が日本の大学教育には欠けている。第二次世界大戦後、大学教育は一般教育と専門教育とに区分けして実施されたが、リベラル・アーツ教育はこのように区分けして教育されるべきものではなく、大学教育の全般にわたって、一般教育と専門教育の融合された教育が施されなければならない。戦後の新制大学で行われてきたように、一般教育が終わってから専門教育というのではないのである。広い知識を持った人格者を育てることが大学教育の本来の使命である。専門教育のみを教育したのでは、専門外の意見を聞くことのできない閉塞的社会を作ってしまい、そうした社会を改善できる人材を輩出することはできない。すなわち自分の専門以外の分野にも関心をもって、いかなる組織の中にあっても自分の存在を主張できるとともにそのほかの専門的意見に耳を傾けられる人材を輩出することが社会から大学に求められている。グローバルエンジニアはそうした技術者でなければならない。  

現代における本来のリベラル・アーツ教育はどうあるべきか、それでは専門教育はどうあるべきか、それを教育できる教員はどうあるべきか、など多くの教育界の抱える問題を解決し、本学の教育を根底から考え直し、社会から求められる教育にするために、「教育開発センター」は本学の教育の中心におかれなければならない。

多様化する入学生の資質、多様化する科学技術社会、多様化する教職員の業務内容の中にあって、本来の教育に対する使命と時代の要求を満たす教育を模索し、教育の原点を見失うことなく、教育改革を目指す組織として「教育開発センター」を本学教育改革の中心に据えて、教職員全員で議論をしていきたいと考えている。